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仙台高等裁判所 昭和47年(ラ)97号 決定

抗告人 宮坂俊夫(仮名)

相手方 植田照子(仮名)

事件本人 宮坂健治(仮名) 昭三四・八・二五生 外一名

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件申立をいずれも却下する。

理由

一、抗告人は、主文と同旨の裁判を求めた。その理由は、別紙記載のとおりである。

二、抗告人と相手方が婚姻して以来本件申立にいたるまでのいきさつ、その間における抗告人、相手方、事件本人ら、申立人の夫植田邦雄の各関係ならびにこれらの者の現況は、原決定の説示するとおりであるから、ここに原決定の理由二の記載(但し、原決定二枚目表一三行目に「同年一〇月ころ」とあるのを「右協議離婚届出前」と改める。)を引用する。

三、ところで父母が離婚し、その間の子に対する親権者と監護者とが分離併存している場合には、両者は、子の成長およびその福祉の維持増進に関する限り、これまでの感情的対立を超え、大乗的見地から相互に相手の立場を尊重し、最大限の協調を必要とするものであるところ、本件においては前認定のように抗告人と相手方は離婚後今日まで互いに不信と憎悪の念を抱き、事件本人らの取扱(特に抗告人と事件本人らとの面接交渉)をめぐつて相対立し、その意思の疎通を欠いていることが認められる。

そこで右のように疎通を欠くにいたつた原因について考えてみるに、前記認定の事実、本件記録および仙台家庭裁判所昭和四六年家イ第四七〇号事件記録によると、相手方は、抗告人との婚姻中である昭和三九年頃他の男性と不貞な関係を生じ、それが直接の原因となつて別居という事態を招来し(抗告人に道義的に責むべき事情は見当らない。)、さらに事件本人らを連れて抗告人と別居したのち、協議離婚が成立する以前において既に現在の夫植田邦雄と情交関係を生じていたこと、(相手方はその学歴、職業に照らすとき甚だ良識と節操に欠けている女性であり、相手方の右のような不貞な行為が今日の双方の感情的な対立の根本的な原因を作り出している。)、しかも右協議離婚の際相手方を監護者とし、抗告人を親権者とする、抗告人が希望するときは事件本人らと面接させる旨の合意が成立しているにもかかわらず、抗告人がその後山形市内に住む事件本人らを訪れて面接しても、相手方は全く抗告人を無視する態度をとり、あまつさえその面接および抗告人からの養育費の送金を拒否し、山形家庭裁判所に対し自己を親権者とする旨の変更の申立をして抗告人の右面接交渉および親権の行使を排除しようとしたこと、その後右事件の抗告審において抗告人において二、三年間事件本人らと会わないこと、その代りに相手方は抗告人が親権者であることを認める旨の合意ができ、抗告人が右期間中右合意を遵守して事件本人らとの面接を差し控え(その間相手方は事件本人らを伴つて仙台市に移住したが、その事実を抗告人に知らせていない。)、右期間経過後に事件本人らとの面接を求めるや、相手方は現在の夫である植田邦雄にその処理を委ね、その同意が得られないなどの口実で右要求を拒否し続けて今日にいたつていること(なお、事件本人健治は抗告人との面接を希望していないようであるが、これは抗告人に対し面接交渉を拒否している相手方の偏狭な態度から影響を受けているものと認められる。)、他方抗告人には協議離婚時まで特に採り上げるべき背信的な行為はみあたらず、別居後も父親として事件本人らに対する愛情断ちがたく、また親権者としてその責務の一端を果たすべく、事件本人らとの面接を求め、かつ、養育費の送金を続け、相手方から右送金の拒絶を受けたのちは事件本人ら名義で預金をしており、正月、誕生日、入進学時には贈物や送金をし、あるいは手紙を出すなどして誠意を示し、事件本人らに会つて助言激励をしてやりたいと考えており、それは父親として、また親権者としてはまことに無理からぬ心情であること、そして現在事件本人らを引き取つて養育することまでは考えておらず、相手方が監護するという現状を肯定したうえで、事件本人らの成長について父として、親権者として深い関心を有していることが認められ、本件において抗告人に協議離婚後今日までの間に親権者として子の福祉のために不適当とするような事情は全くみあたらないのである。右認定によれば、前記の如く意思の疎通を欠くにいたつた最大の原因は、相手方の反道義的な性行、偏狭な、非協調的、自己本位的な性格態度にあるものとみるべきであり、このことによつて、親権者と監護者とが分離併存している場合における事件本人らの在るべき福祉が少からず害されていることは容易に首肯しうるところである。

相手方としては、父母の離婚という悲しい、不幸な境遇におかれた事件本人らの健全な育成を担当する監護者、母として、充分その責務を果たすのはもちろん、あわせて親権者、父たる抗告人の職分、立場を充分生かすべく冷静に配慮するよう努力すべきであつて、ことここに出でず、抗告人の立場を無視し、その親権者たる地位、父たる地位を否定する態度に終始していることはまことに不当というべきである。

これを要するに、相手方は自ら不貞な行為を働いて家庭を崩壊する原因を作り、あまつさえ協議離婚の際における合意を無視し、抗告人に親権者として特に責むべき事情がないのに、監護者たる地位を利用して抗告人の親権行使の場を閉ざし、もつて疎通を欠く原因、反福祉的状態を醸成しているものであつて、右のような事情のもとにおいてなされた相手方の本件申立は、申立権の濫用と評価すべきものである。

四、特に本件の場合、前記認定の事実および本件記録によると、抗告人としては現在事件本人らの引渡養育を希望しているわけではなく、一方、事件本人らは相手方の夫植田邦雄を父としてなじみ、一応幸福に暮らしているのであるから、今申立人が親権者となつて養子縁組、氏の変更を実現することにより特に事件本人らの福祉が増大するものとは認め難く、むしろ相手方の前述の如き反道義的、自己本位的性格態度に照らすとき邦雄との間の夫婦関係も今しばらく観察を必要とするとともに、これから事件本人らが親の適切な助言指導および学資を必要とする時期を迎えることその他諸般の事情を考察すれば、今その親権者を抗告人から相手方に変更することが相当であるとは到底認められないのである。

五、以上の次第で、相手方の本件申立は理由がないから却下すべきであり、右と趣旨を異にする原決定は相当でないのでこれを取り消すこととし、家事審判規則一九条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤幸太郎 裁判官 田坂友男 佐々木泉)

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